リハビリテーション
ピエール・ロバン症候群ならびに口蓋裂を持つ乳児・児童のリハビリについては呼吸、摂食、発声、歯列こう合、その他様々な分野のケアが必要になりますので、相談する医療機関も小児科だけでなく、口腔外科、形成外科、矯正歯科、摂食セラピスト、スピーチセラピスト、理学療法士など広範な専門家の助言が必要となってきます。以下のリハビリ法はいくつかの可能性についての紹介であって、それがどんな患児にも有効だとは限りません。特にマッサージなどは、やり方と強さを間違えると逆効果にもなりかねません。
自発呼吸回復指導
- 自発呼吸を安定させるためには体位法が有効である場合が多く報告されています。患児が寝ている時に仰向けにすると舌根が下に落ちて気道を塞ぐ事になり、極めて危険です。横向きかうつ伏せで寝かせる様にします。
- 枕を使わないで硬い布団の上にうつ伏せか横向きに寝かせます。みぞおちの下にタオルを丸めて入れてあげると呼吸に改善が見られる場合もあります。
- 人工換気の状態から完全自発呼吸に移る過渡期に経鼻(経口)エアー・ウエイと呼ばれる管を肺または気管支まで挿入し、口や鼻から20cmほど出して呼吸させると、自発呼吸の訓練になり、気道が確保されているので安心して酸素テント(保育器)の外に出られる様になります。
夜間睡眠指導
- 夜間はこの種の疾患を持つ患児がとても危険になる時間帯です。夜間いびきがひどくなったり、呼吸がまばらになった場合には無呼吸状態に陥らない様に、患児の体を揺すって咽頭部の緊張を取り戻させる必要があります。慢性的な無呼吸症は睡眠時無呼吸症候群(河野正己先生より)とも診断されます。
- まだ自発呼吸が完全に確立していない患児を在宅で看護する場合には「オキシ・パルスメーター」という心拍数と血中酸素濃度をモニターする機械をレンタルし、夜間は必ずこのモニターを付けて眠らせる様にすることが賢明です。数値が下がると警告プザーで教えてくれますから、親が飛び起きて、上記の様に患児の体を揺さ振ったり、体位を変えさせたりします。
胃チューブ挿管指導
- 自分でミルクが飲めない患児を親が看護する場合にはこのチューブ挿管の技術を習得する必要があります。主に鼻腔を通して細い食餌管(gastro-feeding
tube)を気管ではなく、うまく食道に挿入し、胃の中まで通さなければなりません。患児がむせない様にゆっくり且つスムースに入れる必要があります。気管と食道の分かれ目のところがポイントで、ここで時間を使い過ぎると子供が嫌ってしまってだめになります。
- チュープの長さの基準は患児の耳穴から鼻を通ってみぞおちまでの長さと言われています。チュープが確実に胃の中に入ったかの確認としては、まず、シリンジで中のエアーを抜いてみて胃液が吸い込まれて来るかどうかを確かめる方法があります。この際、胃液が透明か白濁していれば問題はありませんが、褐色や緑がかった色の場合には胃内で出血が起こっている可能性が在りますので注意して下さい。もう一つの方法は、逆にシリンジでチューブ内に空気をシュッと送り込み、胃に聴診器を当てて胃がポクポクと音を立てるのを聴き取るというものです。もし肺にチューブが入っていると、このポクポク音がせず、押しても引いてもなんとなく空気がスーッと貫けてしまう感じがします。チューブがきちんと入ったのを確認したら、赤ん坊の肌を刺激しない良質なテープで顔に固定して下さい。
- 子供に適量のミルクを注射器に入れ、チューブをつなぎ、包帯を巻きつけて柱などに吊るし重力で静かに胃の中に流れ込む様にします。十分な量が入ったら最後に白湯をシュっと注入してチューブを詰まらせない様にします。
- アクシデントや子供が自分の手を使ってチューブが抜けてしまうことがありますが、その時はがっかりせず、チャンスと思って食べ物を少し口から与えて見ることを試みてみます。口から食べるコツがつかめさえすれば、もうチューブは徐々にいらなくなります。
- どうしても頻繁にチューブを抜いてしまうようであれば「アームリング(抑制円筒)」を作って使います。これは手芸用のネットを子供の手首から脇の下までの長さよりちょっと短めに切って円筒形に丸め、合わせ目と上下の円縁をリボンでくるくるとかがったものです。これを子供の左右の腕に通させ安全ピンでパジャマに留めておけば子供の手先は口元に届かず、夜も安心して眠れます。ネットは手芸糸で有名なハマナカ(株)075-463-5151に問い合わせて手作りバッグキット「アンダリア」用の「あみあみペンネット」を注文して下さい。あるいは赤十字病院の厚生会売店でもセットで売っているかもしれません。
哺乳指導
- ピエール・ロバン症候群や口蓋裂児は自分でミルクを飲むことがなかなか困難です。基本的な唇の吸テツ反射があってもミルクを「吸う」ということがわからなかったり、口蓋裂からミルクが鼻腔に流れ込んで痛い思いをし、二度とミルクはいやだと拒否反応を起こす子供もいます。
- チューブ哺乳からの過渡的指導として、スポイトで1滴づつミルクを口の中に落としてあげることも一つの方法です。
- アメリカでピエール・ロバン症候群のお子さんを持つある母親が開発した、「ハーバーマン哺乳ビン」というものがあります。これは患児の口に入るミルクの量を非常に微妙にコントロールできるもので、株式会社「メデラ」の日本支社で取り扱っています。詳しくは「関連組織のページ」をご覧下さい。
- きれいに洗った指を患児の口の中に挿入し、顎底や口蓋を優しくマッサージしてあげます。また舌に絡ませ左右前後に舌を動かして刺激します。子供はこの刺激を喜んで自分から指を取って口の中に導いたりします。このような口内マッサージによって子供が口の中に何かをふくむ喜びを覚えて行くことがあるのです。しかし、過敏(下参照)がないことを確かめてからにして下さい。
- 少し荒っぽいですが、スポイトや水鉄砲の様な物で患児の口の中にピュッと水を発射してみます。子供は口の中や舌に水が当たる感覚が楽しくてわざと口を大きく開けてこの刺激を楽しんだりします。そして偶然に「ごくん」と喉を鳴らしてを水を飲んだりします。そうすれば液体を飲み込むというきっかけがつかめた事になります。もちろん水が気管に入っては困るので、子供が咳き込まない様に十分に注意する必要があります。
- 哺乳ビンや乳房からミルクを「吸って」飲むことだけが哺乳ではなく、吸うことが難しい子供にとってはコップから哺乳した方がずっと簡単な場合もあります。コップの形状や色、漫画などの絵柄にこだわって様々なものを試し、子供が手に持って口にあてがうことに興味を示すものを見つけましょう。ミルクの匂いが駄目で、水なら受け付ける場合もあります。そんな時はこだわらず、水を飲ませましょう。ストローを使わせる方法もありますが、その場合にはストローを歯列の後ろまでくわえさせず、唇が濡れることを刺激として反射的に嚥下運動が始まるのだというメカニズムを学習させるようにしましょう。
- どうしても液体は飲んでくれないが、固形物は食べられるというケースもあります。そんなときは食パンにミルクをヒタヒタに浸して食べさせましょう。結構うまくゆきます。6枚切りのパン1枚で約100ccのミルクを吸い込んでくれます。しかし卵アレルギーのあるお子さんの場合にはそのパンに卵が使われていない事を確認して下さい。
摂食指導・咀嚼指導
- 最初の「食べ物」はもちろん流動食(適当な「とろみ」がついていると滑らかに嚥下し易い)ですが、経管栄養をぴたっと止めてある日からミルクや離乳食だけの栄養補給に移るということはできません。ある程度両者が混在する期間が必要です。その期間が果てしなく長く感じることもあるかもしれませんが、親や指導者に必要なのはまず「忍耐」と「諦めない」という決意です。一回の食事に信じられないくらいの時間がかかり、子供の顔や服がめちゃくちゃに汚くなって「あーチューブを使った方がよほど簡単だ。」と食事指導をないがしろにしてしまいがちですが、やはり、根気良く指導しましょう。
- チューブの抜去は患児の栄養必要量の3分の2位が口から食べられる様になったら行うのが良いとされていますが、そんなに待っていられない場合には早い段階でチューブを抜去し、患児に空腹感を与えて、その食欲を利用しながら摂食指導をするのが良いとお考えの医師もいらっしゃいます。機能障害が中程度位までならば、18ヶ月位までにチューブの抜去を行うことを目標とします。
- 食事指導の基本姿勢は患児の体を45°以上に起こし、頚部を少し前屈させ、体と頚部がねじれないようにします。
- 経管栄養を長く続けた子供は口の周りに触れられると緊張して拒絶反応を起こす場合があります。これを「過敏」と呼びますが、この過敏を除去するための指導が「脱感作」です。脱感作の方法は手のひらを患児の皮膚(手、腕、肩、首、顔、口の周り、口、そして口の中の順)にしっかり当て、刺激を与えることから始めます。
- スプーンを使って口の中に食べ物を運んでも拒絶する場合には患児の指に食物を付けさせ、そのまま指しゃぶりさせましょう。スプーンの感覚より、自分で食べ物に触る感触が楽しくて遊び半分で食べ物を捕食する場合があります。食事を決して強制してはいけません。無理な摂食指導は誤飲や摂食拒否症につながります。
- 子供が食べている時に次から次へと食物を押し込むようなことはしてはいけません。この様にすると、唇を閉じる習慣がつかず、嚥下の訓練にもなりません。できるだけ、まず閉じた唇を刺激して口を開けさせ、その中に食物を運ぶ様にして下さい。
- 口を開けさせるときに、指導者が「あーん」とやって見せるのは言うまでもありませんが、子供と一緒に食事を取ってやることも大事です。特にハンバーガーやフライドポテトなど手づかみで食べられる物を周りの人たちが美味しそうに食べて見せると、子供も真似して自分の手で食物を取って口に入れようとします。食べることが楽しくなる雰囲気をかもし出しましょう。
- この種の患児は舌が短かったり、奥に引っ込んでいたり、その動きが緩慢であったりすることがあるのですが、そんな場合には何とかして舌の動きを活発にしてやる指導が必要になります。その一つの方法に、敢えてカラシや氷片を口の中に入れ、患児がそれを嫌がって排除しようと舌を動かすことで舌の動きを活性化させるという荒療治も有ります。
- 赤ちゃん用のお菓子に良くある「ウエハース」は薄いウエハーがそのまま口蓋裂や喉にピタッとくっついてしまって呼吸困難を起すことがあるので注意して下さい。また、同じ様に硬い煎餅なども口蓋裂にはまり込んでしまう危険性があります。
- 顎の筋肉が固まっていて咀嚼がうまくできない患児もいますので、顎筋肉のマッサージも効果的です。両耳の下の所からゆっくりと顎先にむけてマッサージしましょう。
- 擬似歯ブラシ(歯固めブラシ)をくわえさせることもアイディアです。子供はこれを口の中でもてあそびながら咀嚼の訓練をします。口内の筋肉の刺激にもなります。
- 「おしゃぶり」をくわえさせることも口の刺激や歯列発達・顎発達に効果があると言われていますが、あまり四六時中くわえさせたままにしておくと、反って開こう歯列(上歯列と下歯列の間が開いてしまう)が起こってしまうので、慎重な使用が望まれます。
- どれ程効果があるか解りませんが、麺類が好きな子供には麺類を食べさせて、麺を1本1本チュルチュルと食べる事ができれば顎、口、咀嚼にとてもいい運動になっている様に見えます。
嚥下指導
- 嚥下の習慣を身につけるためにはまず鼻呼吸ができることが重要です。鼻が詰まっているようならば良く掃除してあげて、口を結び鼻で呼吸することができるようになってから嚥下指導をして下さい。
- 口腔内の過敏が無い場合には、歯肉マッサージ(gum rubbing)が有効です。歯肉マッサージは唾液の分泌や嚥下運動を誘発します。食前、食間に指の腹で上下左右の歯肉を数回リズミカルに中央から奥に向かって擦って下さい。
- 食べ物がなかなか喉を通らない場合には、喉を上下にゆっくり数回摩ってあげると嚥下動作が誘発される場合があります。
- 嚥下機能に障害があるために水や食べ物や薬が喉を通りにくい人のために開発された「アイソトニックゼリー」は力を使わなくても喉をスルリと貫けてくれる補助食品です。詳しくは三協製薬まで。
- 摂食・嚥下障害を持っている人達に対してトロミ食品、流動食品、軟らか食品などの介護用食品(俗に言うケアフーズ)を製造販売している会社が全国に幾つかあります。問い合わせるとカタログやサンプルが送ってもらえる場合があります。詳しくは「関連団体およびホームページリンク」のページをご覧ください。
顎の発達を促す指導
- ピエール・ロバン症候群の場合下顎の未発達は特に気になりますが、多くの症例でいわゆる"Catch-up
growth "(下顎が上顎に追いつく成長を遂げる)が起こることが報告されていますのでそれ程気にしない様にしましょう。
- 下顎の成長を促す指導としては、お風呂で下顎の両側をガーゼやタオルで擦ってマッサージをするリハビリがあります。
- 下顎を前に牽引する様なマッサージもありますが、あまり強くやりすぎない様に注意しましょう。
- カルシウムや鉄分の摂取はもちろんですが、歯がため用の硬いビスケットを食後に与えて噛む練習をさせることが顎の発達につながります。
- 指導者が子供の前で「あかんべえ」をして見せ、子供にそれを真似させることが、舌を前に出し、顎を発達させる事につながります。恥じを捨てて、子供の前で「あかんべえ」や「ひょっとこ顔」を挨拶代わりに頻繁にしてあげましょう。子供も真似する様になり、口の周りの筋肉も柔軟性が出てきます。
発声・発音指導
- 本格的な言語指導は4歳頃から始めるのが標準と言われますが、口蓋裂や口唇裂の手術のタイミングとの絡みがありますから、医師と良く相談して下さい。
噛み合わせ指導・顔つき修復
- 歯科矯正は3歳前後に矯正歯科で相談を始めます。矯正は長い道のりですから焦らない事が重要です。子供にとってはとてつもないストレスですから、親は子供のストレスを和らげる様にのんびり構えましょう。一般的に6、7歳から始めるのが多いようですが、重度のものでなければ永久歯が生え揃った中学・高校生になってからでも遅くはないと思われます。
- 上下の顎の成長の差が著しく、矯正だけでは間に合わない場合は外科的な処置(手術)によってバランスをとります。現在のこれに関する外科技術は非常に進歩していて、自分の骨やプラスティック、シリコンなどの材料を利用して粘土細工を作る様に鮮やかに顎を形成してしまうそうです。形成外科や口腔外科、できれば育成医療指定医療機関で経験豊富な医師に相談しましょう。顔も成長するので、手術は16歳以降成人前が良いと言われています。
- 東京警察病院形成外科では骨移植を伴わない、骨延長器を使った「骨延長術」による下顎延長手術を手がけ、画期的な成果を上げているようです。
- ピエール・ロバン症の患児では下顎が後退しているために上下の唇が揃わず、普段ポカンと口を開けたままにしていて締まりがない様に見えることが多いようですが、これを矯正するために歯磨きの後などに歯ブラシの柄などを使って両唇を縦に(あるいは上唇だけでも)ポンポンと刺激してやると唇を閉じようとする反射がおきます。